台南県長の蘇煥智は塩分地帯の文化保存と推進を重視し、伝統的製塩産業が失われていくのを目の当たりにすると、塩業文化の保存に対する使命感が沸き起こり「台湾塩博物館文化パーク」計画を提出。塩業・製塩の歴史を保存し、七股と北門沿海が誇る四つの「S4」資源、Spoonbill(クロツラへラサギ)、Salt(塩)、Sun(太陽)、Sea(海)を世界にアピールし、塩分地帯ならではの知識、芸術文化、レジャーが楽しめる場にしようと考えました。
「台湾塩博物館」は現在台湾で唯一の産業関連博物館として「雲嘉南浜海国家風景区」の重要観光資源とされ重要な歴史的価値を持っています。行政院は台南県政府に海浜塩業関連の観光資源の整理を引き継ぐよう求め、部門を超えた執行グループと準備委員会を設立。日本統治時代から現代までの塩業関連資料を収集したところ保管資料はおよそ1万にものぼり、中には国内で一つしかない資料も少なくなく、全国で最も整った塩業資料庫となりました。
陳水扁総統も何度も七股に視察に訪れ、塩博館の構想に大いに共感し、文建会から1千万元の経費補助を出して開館計画を実行するよう指示しました。蘇台南県長は博物館経営は負担が大きく難易度も高く、完全な経営戦略を行わなければ観光客を吸引することができないと考え、初期の運営業務を「塩光文教基金会」に委託する外部委託経営方式で企画を進行。2004年12月20日に塩光文教基金会は台南県政府と正式にOT経営協力書を結び、2年間の台湾塩博物館経営権を取得しました。
2005年1月22日に台湾塩博物館が開館。博物館を訪れた観光客の目の前には、かつての塩業労働者の苦労や塩業文化創造の歴史が鮮やかに蘇りました。