中央政府が計画を実行する過程において度重なる挫折と進度遅延により、このすばらしい計画はなかなか実現のメドが立ちませんでした。環境保護と生態に目を向けたいと考えていた蘇県長は、この現実を受け止めることができませんでした。そこで、ネックとなっていた「土地取得」問題の解決を図ろうと、蘇県長はさまざまな関係法令を運用して、この苦境を乗り切ることを試みました。そして丸一年をかけて地主である台糖公司と幾度にも渡る協議を重ね、ついには台糖公司が台南県政府に対し40ヘクタールの土地を開発用地として提供し、そこに都会公園と博物館を建設するという「協力開発」形式を生み出すことに成功したのです。この形式では、県政府が園区の開発管理と博物館に入居する企業招致を、台糖公司が周辺の土地開発をそれぞれ担当。このような斬新な協力関係を築くことによって、「台南都会公園計画」を起死回生させ、新たなチャンスを再び造り出したのです。 台南県政府がまとめた「台南都会公園第1期開発計画」には、初年度の園区及び虎山公営墓地移転工事、2年目と3年目の園区建設工事などが含まれ、約7億元もの莫大な経費がかかります。ねばり強い交渉の結果、第1期開発経費は行政院による3年総計3000億元の「公共建設拡大計画」に組み込まれることになりました。細部に至る計画や企業招致に必要な2000万元の経費は、內政部営建署が「都市と田舎の街づくり」予算の余剰金を全額補助してくれることになり、こうして「台南都会公園」開発計画はいよいよ船出することになったのです。
また、開発作業を円滑に運ばせるため、「台南都会公園」は「国際入札」方式を採用する方針を固め、內政部営建署に対し、「国際入札実行計画」と「台南都会公園建設計画総工費見積書」を提出しました。「台南都会公園」建設にからむ「国際入札」も無事終了し、2005年末には落札企業により後日の開発建設工事の根拠となる都会公園の細部設計計画書がまとめられる予定です。そして、営建署からも「台南都会公園計画総工費見積書」にからみ、2005年に申請した総工費1億5000万元についても審査を許可するというニュースが飛び込んできて、「台南都会公園」の開発の歩みもますます安定してきたのです。