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「ドン、ドン、ドン、ドン」リズミカルな銅鑼の音が響き、大太鼓を抱える、鑼を叩く、傘を持つ、女の子達がくるくると舞う。これは關廟「飛鷹民俗技芸館」の女子跳鼓陣の踊りパフォーマンスで、今日の廟の祭りや民俗イベントでは最もメインの出し物となっています。前に後ろにジャンプし、太鼓の音に合わせた軽やかな舞踏ステップから青春の力がみなぎります。観光客の目も釘付けになるこの賑やかな舞台は、今後もますます拡大されていく民族イベントとなっています。
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関廟亀洞飛鷹跳鼓陣は1965年に設立されました。当初は村の「福安宮」祭りに参加するために組織された臨時の陣頭(仏教の行事でパレードをする行列の先頭のこと)で、附近の村から招待されては演技を披露していました。精彩な演技で、台湾テレビ局の『五燈獎』という番組にも出演すると全国各地から声がかかるようになり、陳憲明は「風聲好跳鼓陣」という名でセミプロの芸術陣頭を設立し各地で演じるようになりました。やがて経営が軌道にのり陣頭も次第に大きくなり、1969年プロの民俗芸団として「関廟亀洞飛鷹技芸館」と改名しました。
女子跳鼓陣は一般の男跳鼓陣と同じですが、特別な演技を取り入れているため男陣より大変とも言えます。跳鼓陣は一般的に頭旗1人、大鼓1人、笠持ち2人、銅鑼4人の計8人で演技を行います。先頭に頭旗、後に笠持ち、両側に銅鑼、後に太鼓、傘持ちが続き、両側に銅鑼という形で舞台に入場し、一礼をして演技が始まります。頭旗の指揮で隊形が変わり太鼓のリズムに合わせ、腰曲げ、仰向け、ジャンプ、でんぐり返しなどが繰り広げられます。銅鑼の音が響き旗や傘が見事に舞います。隊形は様々に変化しますが、ほとんどが「開四們」から始まります。開四門とは太鼓と傘もちが中間、銅鑼がは四隅にという、四角の隊形で飛んだり跳ねたりして位置を換えていくのです。演技が終わると元の位置に戻り、傘持ちは「翻鼓、空穿、什花、十字什花、穿鑼、娘傘穿鑼、仰腰開花」と呼ばれる様々な形に変化します。これはおよそ20分程の演技で銅鑼と太鼓が会場に響き渡ります。続いて人体ピラミッド、空中回転、腰まげて口で物を拾ったり煙草をくわえたりする、逆立ちなどの特別演技が披露されます。途中にはさまれる「雙生摔角」で会場は益々ヒートアップ。一回の演技はおよそ40分です。
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跳鼓陣で表現されているのは青春の力です。響き渡る太鼓の音、軽快なリズムにも若さが溢れています。跳鼓は大変激しい運動で、充分な体力が必要とされます。そのため団体の若さを維持していくために新団員の募集と訓練が大変重要とされますが、現代ではこうした厳しい練習を子供にさせたくないという家庭が一般的であるため、陳憲明は比較的貧しい家庭を募集の対称とし、子供達に食費や宿舎、就学を無料提供し大切に育てています。現在陳憲明の団員は半分以上がこうした状況で参加した子供達で、十数歳、或いは小学校低学年の子供たちもいます。子供達は普段授業の空き時間踊りや陣頭、腰曲げや様々な特技の練習を行い、休日になると団体と一緒に遠征しお小遣いを稼ぐこともできます。一般的に新入団員は二、三ヶ月の訓練を経て正式な演技に参加します。
跳鼓陣の演技は一般的な廟の祭りや結婚披露宴などでよく見られます。台南県の跳鼓陣は男女ともに数も大変多く、どの陣にも青春の力が溢れています。歸仁郷大潭村の「新聲女子跳鼓陣」もその一つです。
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