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手には「蒲扇」といううちわ、「畫戟」という矛、板打ちの処刑道具を持ち、威厳のある表情で歩みを進め、華やかな衣装に身をまとう。足には「七星」をつけ、歩みを速めたり遅めたりしながら、秩序正しく前後に動く。陰陽両間を司り、善悪を監察し、暴虐を取り除き善良な民を安んじる。これが佳里三五甲鎮山宮に奉納されている「地藏王」をご来駕いただく前の「八家将」です。 台湾の民間信仰において、一種の特殊な現象で、職務を司る「大神」を除いて、一般的に地方では疫病の神・「王爺」や「城隍爺」、「五福大帝」、「霊安尊王」、「地藏王」を祀っています。それらのほとんどが部将を配属し、職の遂行を助けたり、地方の安定を保護したりしていました。これらの部将は主神を保護しながら妖怪や流行病を取り除くのが仕事でした。つまり、いまの廟会の中でよく見かけられる家将団がまさにそれです。これらの家将団は大きく、「四将」、「六将」、「八将」、「十将」、「十二将」に分けられます。風俗が受け継がれていくなか、その由来や規模、人物、顔のくま取り、扮装も地域によってそれぞれ違います。
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世界中、どの民族にも必ずと入っていいほど創始的な宗教信仰があります。中国の封建社会の中で、黄帝からさまざまな天を祭り神を拝む「祭天拝神」の事跡が伝えられてきました。中国を発祥の地とする道教は、各地で崇拝される幽霊・妖怪・神霊の類に差はあれど、鬼神に対する崇拝は特に強いようです。 先住民を除き、台湾に暮らす人々の祖先はすべて遥か海を越えて中国の福建・広東一帯の地域から渡って来ました。なかでも、泉州人が最も早く台湾に渡航し、西海岸と交通の便の良い港町、土地の利用がしやすい平野部に住み着きました。続いてやってきたのが漳州人で、山の麓の平野部で農耕作業をして生計を立てていました。最後にやってきたのが客家系の住民ですが、行くところがなかったので人の住んでない山間部や山奥の傾斜地を開墾して暮らしていました。当事祖先たちは嵐の中、命からがら台湾にたどり着いたということです。台湾に着いたら着いたで、未開の地での不安、流行病や厄病の蔓延など環境不適応に悩まされたといいます。さらに、開墾を進めていく上で野獣や先住民の攻撃に遭い、精神的な不安を招く要因になっていました。そのため、多くの祖先は故郷を離れる時に、故郷で祀っていた神様を身につけ、旅路の安全と願い、定住した後は廟を建立して奉ったのでした。先人の出身はあらゆる地域に広がっていたため、村に建てられた廟や寺にも儒教、仏教、道教といったさまざまな神明がいっしょに祀られたということです。
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