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  蕭壟香の歴史
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「蕭壟香」は清代中期または日本統治時代に佳里地区で盛んに行われていた「刈香」活動で、昼間に行われる「日香」と夜に行われる「暗香」の2つに分けられます。
「暗香」は「暗芸」とも呼ばれ、日が暮れてからおこなわれる民芸活動で、毎年旧暦8月2日から始まります。7月末の地蔵王の誕生を祝うのが主な目的で、神輿行列と「陣頭」の行進があります。金唐殿から北側の街の頭と南側の町の下で交代で行われます。2日から一晩を街の頭で、もう一晩を街の下でそれぞれ頭角を現し、新しく組まれた陣頭が松明やランプの明かりを頼りに、一晩ずつ業を競い合うという嗜好のもので、8月末まで続けられます。双方ともはじめの頃は、4陣か5陣披露するだけですが、そのうちどんどん増えていき、最終的には100陣を超すことありました。最後には近隣の鎮の庄や廟も飛び入り参加するほどで、8月の蕭壟は不眠の城と化します。「負けた人はその人が属する陣も負けたことになる」という面子争いの下、農業社会において蕭壟に民間の活力が注がれたのです。
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  1937年以降、蕭壟の「暗香」は中日戦争勃発の影響を受け、治安悪化の恐れを理由に禁止され、その後一切見かけられなくなりました。「日香」は昼間の神輿行列であったため、数年に1回(やがて3年につき1科に制定)開催されるようになりました。開催地も蕭壟だけでなく、近隣の郷や鎮にも広がっています。これは金唐殿の「王爺の誕生日」と旧暦1月15日の「大王朱府千歲」同16日の「二王雷千千歲」を祝うことが目的です。祝賀活動の時期は毎年旧暦の1月中旬頃で、3日3晩連続(近年は18、19、20日に統一)で行われます。これもいまの「蕭壟香」、「金唐殿大刈香」が対象となっています。
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  果たして、「日香」はいつから始まったのか。現存する資料が乏しく、断定することはできませんが、恐らく清代中期ごろではないかと考えられています。1847年佳里の南鄰にある西港慶安宮ではすでに「刈香」活動をしたという記録があり、廟で使われた祭りの科儀はまさしく金唐殿のを受け継いだもので、金唐殿の「刈香」や「王醮」活動は、1847年以前から始まっていたと推測されます。
ところが、「日香」の歴史はそう長くは続かず、1985年?には終止符が打たれます。理由は反日活動による「蕭壟大屠殺」で人口が大幅に激減したためです。このあと、1906年に一度、規模が小さいながらも「刈香」活動が復活しましたが、その後は、何の大きな行列をするというニュースも流れませんでした。このように、「日香」が停止された時期は「暗香」よりも早かったのです。

§  佳里金唐殿の「蕭壟香」
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