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佳里金唐殿的「蕭壟香」は近年南部で興っている古い廟会とみなすことができます。壮観で、にぎやかかつ華麗なことはいうまでもなく、参加動員数も影響の大きさも右に出るものはいないほどです。学甲慈経宮の「学甲香」や西港慶安宮の「西港仔香」にも決してひけはとりません。「蕭壟香」の特色を次のようにまとめてみました。
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》その一。 「五朝」の「王醮」祭り。台南地区の「五大香」からみると、「西港仔香」が「三朝王醮」であるほか、その他4つは「王醮」がいないことから、金唐殿の「蕭壟香」は「王醮」(王船祭り)であり、「五朝」でもあります。これが「刈香廟会」の特徴です。 》その二。 108人「蜈蚣陣」。通常、「蜈蚣陣」が最高36人で組まれル野に対し、金唐殿の「蕭壟香」は108人という陣容。もともとは金唐殿の管轄下にあった番仔寮・応元宮の一団だけでした。しかし、応元宮の「蜈蚣陣」は「蕭壟香」の「蜈蚣陣」のように地位・称号ともに金唐殿のそれには及びません。したがって、金唐殿が寧安宮に頼んで108人からなる「蜈蚣陣」を組んでもらっているのです。これは台湾一の「蜈蚣陣」と言っても過言ではありません。
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》その三。 「香陣」には「刈飽香」がつきもの。金唐殿で「蕭壟香」が行われるとなると、鎮内のあちこちでちょっとしたお菓子や冷たい飲み物がふるまわれます。郷の外でも各庄頭がお茶や食事を用意するなど、それぞれ違う場所でいろいろな食事が用意され、庄頭が違えば食事内容も違っていました。毎日4000~5000人分の三食分の食事とオヤツを十分に提供し、参加者の一人でもお腹をすかせることのないよう配慮したものでした。裏方作業と連絡業務は相当確実かつ厳密に行われていたそうです。ですから、金唐殿では彼女たちの「刈香」を自称「蕭壟刈飽香」と呼んでいます。 》その4。 人と車が入り組んだ大行列。金唐殿が管轄する地域は、「17角頭24庄」にも跨るほど広く、移動距離も長かったために、すべての行事を徒歩で行うことは非常に困難でした。「蜈蚣陣」と数少ない「主神陣」の神輿が全ての道筋を歩いて行進したほか、ほとんどが「徒歩で入り、車で出る」という人と車が合体した「香陣」を行っていました。これは現代的な「市陣」と呼ばれる陣とよく似ています。 》その5。 神秘な王船祭り。「蕭壟香」のメインである「刈香遶境」は1月20日まで3日3晩通して行われます。しかし、祭りのクライマックスは1月23日の午前中に行われる王送り行事である「焼王船」という王船祭りで、言葉使いや行いが実に見事で、伝統的な古い礼を存分に尽くしたものになっています。
§ 蕭壟香の歴史
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