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  [西港鄉] 西港慶安宮の「西港仔香」
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台湾の民間信仰である「王爺」を元帥とする「遶境」廟会は、これまで「南の東港、北の西港」の誉があるほど場面にしても勢いにしても、時間をとっても歴史をとっても台湾一です。とりわけ、「王船祭り」は有名で、屏東県東港鎮東隆宮が仕切る東港溪流域の王船祭りの命脈として知られています。また、台南県西港鄉にある慶安宮は、曽文溪流域における王船祭りのリーダーで、北と南で互いに呼応、民間の廟会としては見事な盛観を呈しています。

台湾の王船祭りの最大の特色は、何と言っても「請王」(出迎え)と「送王」(見送り)の間に行われる「王爺」の出征です。この「王爺」の出征について、東港溪一帯では「迎王」と、そして、曽文溪地区では「刈香」とか「云庄」と呼ばれ、双方の土地での盛況ぶりといったら甲乙つけがたいほど。曽文溪にとっては、西港にある慶安宮の「刈香」は、この地域一帯では陣容としては最大規模を誇ります。同時に、この慶安宮は比較的長い歴史をもち、途中で途絶えた期間も短い廟であるため、人や物事に対し広く深い影響力があり、民間の盛大で活発な活力を示す南部一の盛典です。
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》そもそも「西港仔堡」を管轄区域としていましたが、海岸線が西に移動し陸地が東西方向に広がるにつれて、いまのような「五角頭七十八村郷」を管轄する「西港香」が形成されました。概ね19世紀の初頭、西港・慶安宮は八份・姑媽宮に引き継がれ、「王醮」と「刈香」が合体する基礎を固めました。そしてだんだんと発展を遂げ、今日のような壮大な規模になったのです。その変遷課程と内容は少なくとも次の8つの特色が挙げられます。

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一、長い歴史:
「西港香」は元来、1784年に行われた姑媽宮の請水活動が始まりだと言われています。比較的信憑性の高い1847年創始としても、「刈香」の歴史は決して短いとは言えません。一番貴重なことは、1943年に太平洋戦争の影響でいったん強制的に活動が禁止されたほか、ほとんど絶え間なく続けられており、このように長い歴史があるなかで中断された期間が最も短い「刈香」です。


二、開墾とのかかわり:
「 西港仔香」の管轄地域はこれまでずっと先人が海と戦いながら行ってきた荒地の開墾とかかわりがあります。後期になるほど開拓地は西へ移動し、この管轄区域に流入してくる人も自然と増えました。た、このことからも、曽文溪や台江の変遷過程が垣間見られます。開墾の苦労の関係から、「刈香」がなぜこれまでに発達したかがわかるような気がします。


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